事例で学ぶ認知症ケア
「生活歴」から対応を考える認知症ケア
いまは認知症であってもこれまでの生活歴はその人のなかに息づいています
認知症の人は常に不安のなかにいます。現在の自分の記憶や判断、行動を疑いながら過ごし、自分が認知症、あるいは認知症かもしれない状態であることに気づいています。ですから、家族から「ボケた」と揶揄されたり、「さっきも言ったでしょ!」などと叱責されたりすると、より傷ついてしまいます。
また、介護者は、「帰宅願望」や「入浴拒否」など、いわゆる認知症のBPSD(行動・心理症状)に、「こういう時はこうする(言う)」とパターン化された対応をしがちです。もちろんそれが功を奏することもありますが、うまくいかないことも多いでしょう。理由はその人の不安が解消できていないためなのです。
このように不安が背景にある認知症症状への対応のキーワードに「生活歴」があります。その人がどのように生き、どのように暮らしてきたかの歴史です。現在は認知症を発症しているかもしれませんが、生活歴は本人のなかに息づいています。それはその人の根っこであり、安心できる拠りどころ。これを起点に考えることで症状や行動の理由がわかり、対応の道筋がみえてきます。生活歴は、情報提供書やアセスメントシート以外にも、家族や本人の話から知ることができるでしょう。
認知症の人は、常に「認知症だから」という見方で対応されることが多く、それによって自尊心が損なわれ、傷つき、その場から逃れたいと思っています。「認知症の人」ではなく、ひとりの人として対応されていなければ、どこであれ居心地のいい場所にはなり得ません。
本誌では具体的な事例を挙げ、生活歴をヒントに対応できた例を紹介しています。
社会福祉法人浴風会本部浴風会ケアスクール校長、社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員。障害者福祉の地域実践を経て、老人福祉施設の立ち上げ・運営に30年余携わる。著書に『認知症ケアの真髄』がある。
文/高野千春 イラスト/ホンマヨウヘイ