事例で学ぶ認知症ケア
配膳カートに怒り出す利用者への対応【3】
今回のケアがうまくいったポイントは……
生活歴からたどり着いた不安の原因に、思いをのせた言葉やかかわりで対応
スタッフは、Aさんの帰宅願望の背景に「昼食」があることを感じとっていました。そこで、Aさんの生活歴を家族に詳しく聞き、「大工さんの昼食」に目を向けてみたのです。すると、Aさんの不安につながっているかもしれないヒントにたどり着くことができました。
スタッフは、昼食の時間になると大工時代に戻るAさんに寄り添い、落ち着いて食事ができるよう働きかけました。この際、ポイントとなったのが「言葉や行動に思いをのせる」ということ。混乱や戸惑いに対し、なぜ混乱が生じるのか、原因をよく観察すると、思いやりにあふれた真の言葉が生まれてきます。
そのため、時にはその人のいる世界に合わせ、演じることも必要でしょう。これは、ごまかしたり、その場をやり過ごしたりするために、おざなりに嘘をつくこととは違います。相手がいる世界のなかでの困りごとを解消するには、自分がその世界に入り込むことも必要なのです。
ただし、すべての帰宅願望のケースが生活歴をヒントにすればうまくいくとは限りません。夕方の一定の時間帯になると家に帰りたい思いに駆られる「夕暮れ症候群」や、認知症による見当識障害やせん妄、また、水分不足や疲労など、身体的な理由によっても帰宅願望は起こることがあります。根気よく向き合い、何に原因があるのかを探る努力も大切です。
Aさんへの言葉かけの例
利用者の生活歴を見直し、経験に基づいてできそうなことをやってもらうのもケアの1つ。かつての自分を取り戻すことで、いまの不安がなくなり、それが本人の自信にもつながります。
本誌では生活歴から対応を考え、うまくいったポイントをわかりやすく解説しています。
社会福祉法人浴風会本部浴風会ケアスクール校長、社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員。障害者福祉の地域実践を経て、老人福祉施設の立ち上げ・運営に30年余携わる。著書に『認知症ケアの真髄』がある。
文/高野千春 イラスト/ホンマヨウヘイ