“理由を探る”レッスン
被害妄想の背景にある本心を探る
被害妄想は否定せず、冷静な対応を
被害妄想とは、実際にはそのような被害がないにもかかわらず、本人がそれを事実として信じて疑わない状態を指します。いくつかの種類があり、自分の物を盗まれたと訴える「物盗られ妄想」や、配偶者が浮気をしているなどと訴える「嫉妬妄想」のほか、「悪口を言われている」「殺される」といった被害を訴える場合もあります。
これらの被害妄想は、認知症だけでなく、精神障害や脳疾患、薬の影響などが原因となって引き起こされることもあり、場合によっては医師の治療が必要になります。
被害妄想に基づいた利用者の訴えに対し、介護者がそれは事実ではないと説得しようとするケースは少なくありません。特に、自分が責められるような内容の訴えの時は、「私は盗んでいません」「ご自分で片付けていましたよ」などと訂正したくなるものです。しかし、本人は本当に被害を受けたと感じて困っているのですから、その心情を理解し、冷静に対応する必要があります。
被害妄想は人との関係によって起こるもの
では、なぜ被害妄想は起こるのでしょうか。物盗られ妄想を例に考えてみましょう。認知症を発症して短期記憶障害が起こると、自分が片付けた場所を忘れてしまうことなどから、「頻繁に物がなくなる」という体験が生じます。自分が片付けたり、なくしたりした記憶もないため、「なくなったのは誰かが盗んだからだ」という理由にすることで、自分や周囲の人を納得させようとしているのではないでしょうか。
また、被害妄想では、家族や介護者など本人にとって身近な人を「加害者」として責めることが多いようです。その一因として考えられるのは、相手との上下関係のバランスを保ちたいという気持ちです。認知症になり一方的にケアを受ける時間が長くなると、それまでと比べて自己評価が低くなり、相手にへりくだるような感覚を持ちがちです。
一方、「被害者」と「加害者」では、一般的に被害者の話のほうが人に耳を傾けてもらえるので、加害者よりも上位の立場にあるといえます。そこで、被害を訴えることで、崩れてしまった人間関係のバランスを取り戻そうとしているとも考えられるのです。
このように考えると、被害妄想は、否応なしに変化していく自分自身や、社会とのかかわりを取り戻そうとした結果、起こるものといえます。つまり、被害妄想は「人とのかかわりによって起こるもの」なのです。だとすると、「人とのかかわりによってなくすことのできるもの」ともいえます。この点を理解して、被害妄想の背景にはどんな思いが隠れているのかを考えてみましょう。